April 20, 2006

【2ちゃんねるコピペ】竹島大人気



竹島(韓国では「独島」)は、日本が実効支配していたのを(戦後GHQに日本の国防が解体されたのをいい機会にと)韓国側が軍隊を送り込んで不法占拠したものである。
到底「韓国の実効支配が及ぶ領土」などと呼べるものではなく、日本側からすると、あくまで「韓国の不法占拠」であり、このことは日本側が断固として主張しなければならないことである。

ここで日本側がいったん譲歩すれば、韓国側は(従軍慰安婦問題などと同様に)何もかも日本側に責任をおしつけ、次々と無理難題を吹っかけ、歴史認識を外交カードとしてもてあそぶことを決して止めないであろう。

竹島は1905年に日本に編入され、国際法上は正式な日本領土として認められることになった。その際に韓国からの抗議はほとんどなかった。
ところが1952年に日本に憎しみをもつ李承晩大統領が突然「李承晩ライン」というものを定めてその内部を韓国領海とした。日本は即刻抗議をしたが、李承晩は応じず、2年後には警備隊を送り込み、武力で占拠するという手にでた。悪名高き「李承晩ライン」の被害概略は下記の通りである。

【李承晩ライン廃止までの抑留者数・拿捕された船の数および死傷者数】
  抑留者数:3929人
  拿捕された船の数:328隻
  死傷者数:44人

 抑留された被害者は、日韓漁業協定が成立する1965年まで抑留され、
 韓国に人質として利用された。 その年月、最大13年。
 日本政府は、彼らを帰してもらうために、在日朝鮮人の犯罪者を
 仮釈放して、在留特別許可を与えた。その犯罪在日朝鮮人の数は472人。

韓国は、当時の日本が韓国の保護国化していたから領土編入時に抗議できなかったと詭弁を弄してるが、そんなに自信があるのなら国際裁判所に出てくるべきだ。
竹島問題で露骨なのは韓国人のあまりに独善的、自己中心的な歴史認識と現状認識である。
たとえば韓国側は、「竹島問題の日韓対立がこれだけ激しくなったのは日本側が挑発したからだ」と主張するが、これもとんでもない間違いで、韓国側こそが日本の抗議にも関わらず、独島切手などを発行して、官民あげて、やみくもに日本側を挑発してきたのであった。
島根県が立ち上がったのも、それら韓国側の挑発を見るに見かねた末のことであった。

11:46:00 | marukata | comments(0) | TrackBacks